アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる978

脅迫状の入っていた封筒。宛名は「少時様」と書かれていた。

【公判調書3059丁〜】

               「第五十七回公判調書(供述)」(昭和四十七年)

証人=諏訪部正司(四十八歳・浦和警察署刑事第一課長)

                                            *

石田弁護人=「あなたは二日の夜、現場で指揮を取られたことはありませんか」

証人=「取りません」

石田弁護人=「どこにおりましたか」

証人=「狭山署にいました」

石田弁護人=「張り込み現場の間では携帯無線などを使っての連絡は取っていましたね」

証人=「携帯無線及び電話でやりました」

石田弁護人=「その電話というのはこれは携帯電話のようなものでしょうか」

証人=「有線電話です。付近の民家ですね」

石田弁護人=「公衆電話もあるわけですか」

証人=「いや、有線じゃなく公衆電話でございます」

石田弁護人=「それは要するに赤電話みたいなものですか」

証人=「そうではありません」

石田弁護人=「民家の中にあるんですか」

証人=「はい」

                                            *

裁判長=「公衆電話というと普通十円入れると使えるようなものを言うように思うんですがね、あなたの言うのは各人が個人の家に引いてある家庭用電話という意味なんですか」

証人=「その意味です」

                                            *

石田弁護人=「いわゆる公衆電話ではなくて、各戸が加入している普通の電話ですね」

証人=「はい」

石田弁護人=「それはどのお宅の電話を使われたんでしょうか」

証人=「名前は忘れましたが、家の位置は分かっております」

石田弁護人=「佐野屋を中心にして言うとどういう位置になりますか」

証人=「中田善枝さんの方向です」

石田弁護人=「中田善枝さんの方向で、そうすると不老川を佐野屋の方から行くと渡って更に中田さん寄りの方でしょうか」

証人=「ちょうど中間になっております。橋を渡る位置と中田善枝さんの家とのちょうど中間にあります」

石田弁護人=「名字だけでも結構なんですが、何というお宅か思い出してもらいたいんですが」

証人=「名字は忘れました。ただ織物工場を元やったという風なことを聞いております」

石田弁護人=「その現地での電話に出られた方はどなたでしょうか」

証人=「大野、当時の警部補です」

石田弁護人=「大野さんという警部補の方ですか」

証人=「はい」

石田弁護人=「その方は五月二日夜の佐野屋付近の張り込みの現場のいわば責任者だったわけですね」

証人=「当時はその責任者というのは大谷木警部があたったわけですが、それぞれの責任は係長あたりにも負わしておりましたですが」

石田弁護人=「五月二日夜の人員配置については五月一日夜の関口巡査部長らの経験というものを参考にされておりますね」

証人=「はい、一部参考にしてます」

石田弁護人=「たとえば増田秀雄さん、これはまあ警察官ではないわけなんですが、増田秀雄さんが参加したことについてはあなたの方で承諾を与えていたわけになりますね」

証人=「はい」

石田弁護人=「それは将田さんとあなたがご相談して決めたわけですね」

証人=「これは竹内署長が間に入って話をまとめてくれたわけです」

石田弁護人=「それは警察の方から参加してくれと言って行ったんでしょうか、それとも増田さんの方が参加したいと言って申し出たんでしょうか」

証人=「警察の方からお願いをしたと思います」

石田弁護人=「増田さん以外に、中学の先生をなさっている方で参加したいと言われる人がおったのではありませんか」

証人=「記憶はありません。まだ当時は極秘で捜査中です」

石田弁護人=「そうすると中学の教師で参加させたという記憶は現在ないわけなんですね」

証人=「ありません」

石田弁護人=「それから、あなたは脅迫状に『しょうじさん』という表現が使われていることを覚えていますね」

証人=「はい」

石田弁護人=「その『しょうじさん』という人について捜査されたことがありますね」

証人=「部下にさせた記憶はあります」

石田弁護人=「地域的にいきますと、どの範囲の住人を対象に『しょうじさん』という者を調査されましたか」

証人=「狭山市、現在の入間市、その範囲で『しょうじ』という名前の付くのを全部拾い出しました。私もその中の一人でございます」

石田弁護人=「相当数『しょうじ』という名の方がおられたですか」

証人=「十五、六人くらい居たように記憶しております」

石田弁護人=「『少時』という字を書く名前の方もおりましたか」

証人=「いないと思いました」

石田弁護人=「その狭山市入間市というのは警察の管轄で言いますと、狭山署の受持ち区域と言いますか、管轄区域になるわけですか」

証人=「その通りです」

石田弁護人=「その中に住んでいる人を全て、『しょうじ』という角度から洗われたわけですね」

証人=「はい」

(続く)

                                            *

○石田弁護人の発問の中に増田秀雄という名前が確認できるが、この方は佐野屋での身代金受渡し時、店横の茶垣にひそみ、現金の受渡し役となった被害者の姉=中田登美恵を陰から見守っていた人物である。

木材業を営む増田秀雄は、元憲兵隊の下士官であり、事件当時は堀兼中学校のPTA会長を務めていた。防犯協会を通じて狭山警察署長とは面識があり、五月二日夕方、竹内武雄署長より民間協力を求められる。

頼まれたのは、当夜の張り込みに関連しての前線基地の物色、佐野屋で飼われているスピッツ犬の隔離、現金受け渡し役である中田登美恵の説得、張込む警察官らを民間の車で現地へ輸送する、以上の四点であった。

中田登美恵の説得については、おおよそ次のような経緯があってのことだ。

五月一日夕方に中田家へ届けられた脅迫状には、その受渡し日が五月二日夜12時と指定されていたが、警察は念のため、この脅迫状が届いた五月一日の夜も張込みを行なった。

この夜犯人は現れず、一日の張込みは解かれたが、暗闇の中で不安を味わった中田登美恵は二日夜の受渡しを泣きながら拒絶し、父=栄作とともにその了解が得られない状況となる。

前線基地として協力を得られた場所は、佐野屋と中田家とのほぼ中間に建つ松留織物工場が選ばれ、中田登美恵、栄作の説得もこの工場の離れの応接間で行なわれ、最終的には増田秀雄の熱心な説得により登美恵、栄作の承諾を得、前述の通り二日の夜に佐野屋前に立つこととなったわけである。