弁護人=「かなり重大な事犯でもあったので、石川君の公判の進行状況などについては、一応の関心をお持ちではありませんか」 証人=「はい、一応関心を持っておりました」 弁護人=「あなたは、石川君が、持っていた起訴状を破ってしまったことについて、注意したようなことがありませんか」 証人=「石川君が破ったのですか」 弁護人=「はい、自分の所へ送ってきた起訴状を石川君が破ったということで注意したことはありませんか」 証人=「もし注意したとすれば私ではありません。斉藤じゃないかと思います。私が注意した記憶はありません」 弁護人=「起訴状を破って捨ててしまったということは憶えてますか」 証人=「私は今ちょっと記憶に残ってませんが」 弁護人=「起訴状を破ったことであなたから注意をされたので、その後こういう書面を破っていいものかどうかといった相談を、石川君から受けたことはありませんか」 証人=「ありません」 弁護人=「あなたの答は、えらく早いですな」 証人=「そういう記憶はございませんです」 弁護人=「石川君が房内における行状に関して懲罰を受けたことがあるでしょう」 証人=「懲罰ですか。一回、ずっと前に何か些細なことでもって興奮して中で大きな声で怒鳴ろうとしたので、私も行きまして注意をしましたが、懲罰までなったのかどうか、それは今考えて、ありません」 弁護人=「懲罰とはならなかった。しかし、戒具をかけたことがあるでしょう」 証人=「戒具を使用するまで暴れなかったんじゃないかと思いますが、はっきり記憶ありません」 弁護人=「石川君自身の表現だと、おれは革バンドかけられたことがある、と言ってるんですがね」 証人=「革手錠ですね。革手錠まで使用されるようになれば一応の懲罰まで持って行くと思いますが、それまではやったとは思いません、記憶してません」 弁護人=「何か、担当さんと争って担当さんを殴るか蹴るかしたんじゃありませんか」 証人=「そんな暴行はしませんでした。暴行を加えたという事実はないように思います」 弁護人=「本人自身は蹴ったと、この前言ってるんですが、そういうことはありませんか」 証人=「さあ、私はその現場を見ませんでした」 弁護人=「じゃ戒具を使用しなかったとしても、担当と何か争って大きな声を出したことはあったんですか」 証人=「何か中でもって、担当に言ったのかどうか、そういうことは憶えています」 弁護人=「その時期を憶えていますか。およそいつ頃か」 証人=「思い出しません」 弁護人=「石川君の記憶だと、それは昭和三十八年十二月二十七日の夜だったというんですがね、十二月も押し迫った頃ではありませんか」 証人=「日にちまでは記憶しておりません。時期は確か寒い頃だったと思います」 ・・・続く。
*約五年前の出来事を、六十一才の人間がどの程度記憶しているのか。そんな不安を感じながら調書を読んでいるのだが、霜田証人は、その年齢にしては中々の記憶力を保っており、それ程心配は要らぬようだ。
*昨日の続きである。何やら会議中のようだが、この場を仕切っているのは茶トラのようだ。
新たなエサ場の情報でも聞いているのか。茶トラが耳を澄まし聞き入る・・・。