狭山事件に関する書籍を読んだ者なら、わりと知られている場面であろう。強姦・殺害を遂行した犯人が、あわよくば金を取ろうと、被害者が生存していると見せかけた脅迫状を手に中田家へ向かうが、似通った建屋に往生し、とりあえず目に入った民家に目的の場所を尋ねる、という筋書きである。殺した相手の実家、その場所を、顔をさらして近所に尋ねるという行動は、やはり常識を逸脱している。率直に言えば、あり得ないのである。あり得るとすれば、それは人為的な創作に他ならない。
狭山の黒い闇に触れる 268
弁護人＝「内田幸吉という人のところに寄って○○(被害者名)さんの家を尋ねたという自白がありますね」 被告人＝「はい」 弁護人＝「そういう自白をしている時に、警察からあなたの述べているところと違うところがあると教えられたことがありますか」 被告人＝「あります」 弁護人＝「どういう点ですか」 被告人＝「当時雨が降っていて、脅迫状を届けるときビニールを頭に載せていたです」 弁護人＝「と言ったのですね」 被告人＝「ええ。そうしたら内田さんの言うのには、ビニールの風呂敷は被っていなかったということだ、と言われました。それから、内田さん方を尋ねる時自転車を置いといたとか持って行ったとか言ったです」 弁護人＝「内田さんを尋ねる時、自転車をどこに置いたというのですか」 被告人＝「道路に置いて行ったとか言いました」 弁護人＝「内田さんの所までは自転車に乗って行ったということは自白しているのでしょう」 被告人＝「そうです。内田さんの家は道路から入った所にあって、家に入るのに自転車を道路に止めて入ったとか、中まで持って入ったとか言われたです。そうしたら、そうでないと言われました」 弁護人＝「内田さん方に入る時、自転車を道路に置いて行ったと言ったか、持って入ったと言ったか覚えていないけれども、ともかく、あなたの言ったこととは逆だという風に言われたのですか」 被告人＝「そうです」 弁護人＝「ビニールの点はどうなったのですか」 被告人＝「ビニールも、かぶっていなかったと内田さんが言ったというので、俺もかぶっていなかったと口裏を合わせたと思います」 弁護人＝「自転車の点は」 被告人＝「取調官の言ったように合わせたと思います」
