狭山の黒い闇に触れる 6
脅迫状の宛名を「少時」から「中田」へ変更、日付と取引き場所も書きかえ、犯人はあくまでも身代金奪取を目論む。脅迫状の文面は上記の三点を訂正しただけだが意図は明確に記されており問題はないと犯人は考えた。そして、わずか三点の訂正という簡素な変更にしては中田家に関する情報を犯人は豊富に持っていたことが分かる。初めて被害者宅を訪れた者には決して分からない現場の状況である。それは脅迫状ではなく裁判によって明らかにされた被害者家族の証言が明確に物語っているのだ。被害者の屋敷に入るには通常、道路に面した表側だが屋敷裏からも入れる小道がある。屋敷内に、犯人により被害者の自転車が置かれていたが、そこは日頃から被害者が自転車を止める場所であった。番犬を被害者宅では飼っていないこと。被害者宅の食事時間。あるいは被害者宅周辺には中田姓の家が複数存在する中、正確に訪問している事実。当時の状況を踏まえると、被害者の自転車に乗り、迷いもせずに中田家に到着、所定の位置に自転車を置き、脅迫状を屋敷の戸に差し込む、しかも戸の内側では家族が食事中という緊迫した状況のもと、感知されず撤収してゆくという、特殊部隊員顔負けの行動である。加えて酒・雑貨商の佐野屋をも知り、5月2日深夜ここに現れた時、店から数十メートル離れた安全域に待機するという地元通ぶりを見せてくれる。案の定、犯人は周囲の40人は潜伏していたとされる捜査員をやすやすと煙に巻き逃げ去っていったのだ。