アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

日雇いの頃 26

当時住んでいた品川区に加え、大田区、目黒区の電話ボックスの電話帳から、古い刃物や砥石を置いていそうな店を検索した。今思うとかなりアナログな手段だが当時は他に手は無かった。加えてお寺や神社で開かれる古道具市などの情報も仕入れ巡り歩いた。すでに堤さんによる刃物研ぎの奥深さ、楽しさを体得した私は肥後守では満足できなくなり新たな刃物を探し始めた。彼によると、鍛冶屋が手持ちの和釘や船釘、古鉄を鍛え鋼を鍛接した切り出し小刀が存在し、その重ね鍛えられた木目の様な紋様から、「墨流し」と呼ばれる逸品があるという。あるいは通常我々が知る「鉈」の形状とはかなり異なる、和船の帆に似た形状から「帆掛け船」と呼ばれる幻の鉈が存在し、マニアが血まなこで探しているらしい。昼食時、刑務所で配られそうな弁当を喰いながら、堤さんは野鍛治に関する文献を読み漁っている。劣悪な環境下にもかかわらずこの集中力である。独居房に入れらた死刑囚がマルクスの書物を紐解く様にも見える。日雇い労働者の大半が、いや、人間の殆どが環境に影響を受け大きな流れに飲み込まれていく中、彼の姿勢から学ぶ事は多かった。