アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

日雇いの頃 17

私自身が行動確認を遂行し、収集した情報から確度の高いものだけを抽出し分析を行った結果、Aさんが病的なビートルズ及びポールマッカートニーファンである事が判明、私は早速、彼のアパートを訪ねた。部屋の内部は目を背けざるを得ない光景であった。確認できただけでもヘフナー・バイオリンベース、ジョンレノン使用と同年代のリッケンバッカー、リンゴスター使用と同年代のラディックドラム(このドラム、焼けの無いブラックオイスターカバリングが美しかった)、グレッチのスネア、ラディックのスネア、あるいはジルジャンの古いシンバル、ロヂャースハイハットなどなど、逸品揃いに驚愕した。そして更に、部屋の隅に置いてある湿度調整機能付き戸棚には、極上状態のライカm3、ローライが複数収まっていた。聞けば、全てAさんが1960年代当時、普通に新品で買っていただけの事で、まさか昨今のようなヴィンテージブームによる価格高騰など想像もつかなかったようだ。Aさん愛用のLee製Gジャンにしても、渋谷の古着屋で20万円で売られているのを見て卒倒しかかったらしい。年季の入ったA-2(革ジャン)は渡米時に世話になっていた米空軍退役軍人のB氏に頼み、空軍基地から貰ってきたという当時物だ。さて、私は、あえて暴論を言えば、映画や音楽、楽器、乗り物、まとめて文化とでも言おうか、それらは1970年代をもってピークに達し、その後は下降線をたどっていると考えている。そして、その文化のピークを体験した大人を長い間探していた。そこには上記の趣味的な部分が私と合う、という条件も含まれ、出会う確率はかなり低いと思われた。だが「念ずれば通ずる」の言葉ではないが、日頃から独自の注意を払い行動をとっていると、やがてはアンテナに引っかかってくるものなのだ。Aさんとは主にヴィンテージ楽器について熱く論を交わしあった。仕事こそ日雇い労働者であった私だが、Aさんを通し格別に充実した日々を送らせてもらった。