アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

日雇いの頃 3

山谷のドヤから休まず仕事に来ていた親父さん。他の山谷連中と違い、まじめで真剣、博打も上手い三拍子揃ってるねと親しくなった。と言ってもドヤ街の住人は、何がしら人に言えぬ事情を持った人が多いので、遠慮しつつ親しく、といった気遣いも必要だ。親父さんを含む山谷の連中は皆、「白手帳」を携帯し仕事に就く。白手帳は職業安定所に住民票と顔写真を提出、申請すると発行してくれる。日雇い労働者の日割り保険証のようなものか。朝、仕事場に着いたら白手帳を事務所に預け、帰りに、白手帳に印紙を貼付してもらい更に割印も押してもらう。一カ月内で白手帳に十三枚、印紙と割印が押されると、翌月、十三日間の失業手当(アブレ)が職安より支給される。親父さん達は日当が一万四千円なので、規定により一日につき七千五百円の支給だ。簡単に言うと、月に十三日稼働するだけで、後は何もせずともアブレがもらえる、怠け者にとって最高の制度なのだ。ちなみに「白手帳」に対して「青手帳」なるものがあったが、美濃部東京都知事の時代に廃止された。廃止と言っても実態は「買い取り」で、年齢の高い方など手帳一冊が四百万円で買い取られたとか。手帳が無くなると仕事にありつけないわけで、そのための補償金という意味合いが強い。青手帳での仕事内容は、白手帳より数段も危険度が高い作業だと聞いた。就労場所は無論港湾地帯である。親父さんの話を聞いていると高度経済成長のど真ん中にいたことがよく分かるのだった。