アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

日雇いの頃 1

1996年頃、私は冷凍倉庫で日雇い作業員として働いていた。ホームに着いた冷凍コンテナから、箱入りの肉やサーモン、チーズなどをベルトコンベアーで流しそれを仕分けながらパレットに積むという、言葉では簡単だが体力と動体視力が求められる過酷な仕事であった。まずコンテナ内に2人。これらは「流し」と呼ばれ、ひたすら箱入りのブツをコンベアーに乗せる作業で、30〜40キロのブツを高速で乗せる。早いほど皆の尊敬を集める。対して待ち受けているのが、「取り」と称す3〜5人の輩たちで、流れてくるブツを5本足5段とか7本足一段切り6段とか、ブツによって決められた積み付けで積んでゆく。隙間なく流れてくるブツを先頭の人が漏らさず取りきり、1パレット完成させると後続の者たちは「オォッ」と歓声を上げる。 さらに、これに「仕分けながら」という付加作業が付いた場合、より高度なスキルを求められる。「流し」は、とにかく超高速でコンベアーに乗せる、箱にはラベルが貼られ、それを識別し積み分けるのだが、ラベルが見えないほど隙間無く流すので、「取り」の連中はスロットの目押しレベルで選別し積んで行く。ひとつでも取り損ね、あるいは誤積みした場合、周りから冷ややかな視線にさらされる。言ってみれば「狂った現場」である。ゆえに辞める者が続出し、狂った現場に対応できる狂人だけが生き残っていた。ちなみに日当は¥11.340、弁当付き。ただし夏と冬に寸志10万円(3年過ぎると20万円)支給。日雇いにとってこの寸志の存在は大きく、見事に食いついてしまい10年程頑張ってしまったのであった。