アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

2021-08-01から1ヶ月間の記事一覧

闇稼業に備える 5

川越駅から高円寺駅までの電車賃が片道860円。往復すると1.720円。セコくてケチな生活を送る私にはとても捻出できぬ金額である。目的地は高円寺・西部古書会館。ここで思いっきり古本を漁りたい。1.720円の電車賃も古本購入に費やしたい。ならば一銭もかけず…

闇稼業に備える 4

私のエサ場(せどり場所)の一つに「一冊十円。一人五冊まで」という夢のような場所がある。ただし棚に並ぶ古本の傾向がまったく掴めず、すると気になって頻繁に訪れる結果となり、しまいには一日に二度訪問し「棚に動きが無い」と勝手に激昂、憤慨して「二度…

闇稼業に備える 3

十年ほど前になろうか、かつて東武東上線の駅沿いに点在していた古本屋は、数軒を残し壊滅してしまった。一日の疲労を古本屋巡りという行為で回復していた私には酷な状況に変わりつつあった。これほどまでに古本屋を一掃せしめた原因が、ネット販売の普及と…

闇稼業に備える 2

私がスマホを購入した頃は機種的に「i phone 5」が最新型であった。パソコンすら所有せず仙人か世捨人の如く生きてきた私にとっては驚異の大革命なツールであり、今でも「スゲエな、スマホ」といちいち感動を覚える毎日である。さて私が「せどり」を知ったの…

闇稼業に備える 1

2021年8月現在、私は相変わらず日雇い労働者であり悲しい日々を過ごす。しかしこのような貧困者であるからこそ生きる為にはサル知恵も働かせて行かねばならない。私の趣味の一つに古本屋巡り、という堕落の極みがあるが、観点を変えると、これもまた生きる為…

日雇いの頃 (了)

私の尊敬する新聞記者の文体を借りるならば「一般市民とはおよそかけはなれた環境に住む人々の生活と感情、或いはそこに入っていった私自身の生活と感情、そういったものを多少なりともこの日記によって知っていただければ、私がこれをかいた目的は達せられ…

日雇いの頃 32

友達になりかけた、二十代前半の男からメールが届き内容に驚く。要約すると、「政府による電磁波攻撃を受けている。至急、救助を求めます。」といった内容である。この男(以下Aとする)には今まで、そのような前兆は全く見られず、メール全文(類を見ない長文)…

日雇いの頃 31

一時は天然の中砥、仕上げ砥合わせ五十個ほど集まったが、それぞれから一個ずつ選び出し残りは同好の士たちへ譲った。手元に残った砥石は以下の三点だ。 (奥が備水砥、手前左が京都産仕上げ砥、手前右は白名倉)この三点があれば私は生きていける。と思う。 …

日雇いの頃 30

東品川の冷凍倉庫において日雇い労働に勤しんでいた私に、フォークリフトの講習を受けるよう荷役会社側から指示を受けた。費用は全額会社持ちで休暇手当も支給との好条件なので、これは渡りに船とばかり受講した。私の勤勉なフリに会社が騙されたのだろう。…

日雇いの頃 29

私は唯物論に軸足を置き観念論には距離を取っているが、一連の堤さんとの出会い、よって大工道具類に興味が湧き、そして売却段階に入った祖父母の家から辛うじて救出できた道具箱を眺めていると、目には見えぬ縁の連鎖とでも言おうか、そういう思いがフト頭…

日雇いの頃 28

水沢市(現・奥州市)の実家に戻り、大工道具箱内の検品を開始し、一つ手に取るたび、いちいち驚嘆してしまう。柄の無い鋸刃が八枚。表面に鎚で打ったような打痕が薄っすら見える。まさか玉鋼製ではなかろうなと軽く期待する。鉋の刃が五枚。それぞれに風格あ…

日雇いの頃 27

迂闊であった。なぜか。それは私の祖父が大工の棟梁だったと思い出したからだ。当時の大工道具が残っているかもしれない。私の郷里、岩手の親戚に連絡を取ると祖父母が亡くなった段階で片付けを済ませ、土地家屋を売りに出す段取り中だという。私にとって緊…

日雇いの頃 26

当時住んでいた品川区に加え、大田区、目黒区の電話ボックスの電話帳から、古い刃物や砥石を置いていそうな店を検索した。今思うとかなりアナログな手段だが当時は他に手は無かった。加えてお寺や神社で開かれる古道具市などの情報も仕入れ巡り歩いた。すで…

日雇いの頃 25

「肥後守を砥石で研いでみると良い。砥石は仕上げ砥でね。」私の人生に「研ぐ」という行為は無縁であった。電力など要らず、桶に水を張れば、そして傍に焼酎などあれば、速やかに楽しめそうな道楽である。大井町のはずれにある刃物店で、肥後守と京都産の天…

日雇いの頃 24

趣味が「鉄」とはえらく簡単に言うが、彼によくよく話を聞いてみると、いわゆる昔の大工道具や鉈、鎌、鍬などの農作業刃物、それらを修繕する野鍛治、あるいは和包丁や天然の砥石などを含めた総称が、堤さんの表現によると「鉄」となるらしい。私には全く未…

日雇いの頃 23

熊本県人吉を故郷とする大酒飲みの堤さんと出会ったのは1996年12月頃、地獄の冷凍倉庫で荷役作業中である。冬場の東品川5丁目は海からの寒風に吹きさらされ、シベリアの強制労働経験者ですら即座に脱走するであろう極寒の孤島に変容していた。この極悪な環境…

日雇いの頃 22

冷凍コンテナのバン出し作業は過酷な性質上、一本終えると即座に休憩に入る。そしてこんな、単なる捨てたような空白の時間に、意外な出会いが待っていたりする。その日新しく入って来た中年男性S氏と雑談していたが、私が作業時に着用していたビートルズのT…

日雇いの頃 21

1998年頃、日雇い仲間から台東区にある山谷の話を聞き偵察に向かった。一人で立ち入ると身ぐるみ剥がされ、パンツ一枚の姿で放り出されると脅かされ、戦々恐々としながら危険エリアに侵入した。だが山谷の街はかなり整理されており、肩透かしを食らった。帰…

日雇いの頃 20

西暦2000年直前、その日はコンテナの本数が少なく、われわれ労働者たちは休憩所で一服していた。午前11時頃だろうか、警察の車両が5〜6台、倉庫の敷地内へ入ってきた。警察官と捜査員らしき人たちは、倉庫のすぐ裏手に流れる京浜運河に向かった。それと共に…

日雇いの頃 19

気がつくと社会の底辺にいた私は、しかし俄然こちらの世界が愉快なことに気づき、この路線で生きるのも悪くないと思い始めた。そんなある日、釣り好きの友人から、多摩川の土手沿いにホームレス達が小屋を建て住んでいる、という情報を得、早速自転車で向か…

日雇いの頃 18

平日は冷凍倉庫で日雇い労働者、土日祝日は座間市の米軍基地で射撃と、地獄と天国を同時進行させていたが、この時期にCさんというパチンコの名手と出会った。この方は、いわゆる攻略プロと呼ばれるカテゴリーの人で、パチンコを打てば勝率100%の鉄人であり普…

日雇いの頃 17

私自身が行動確認を遂行し、収集した情報から確度の高いものだけを抽出し分析を行った結果、Aさんが病的なビートルズ及びポールマッカートニーファンである事が判明、私は早速、彼のアパートを訪ねた。部屋の内部は目を背けざるを得ない光景であった。確認で…

日雇いの頃 16

私が日雇い労働者となる前に一年ほど働いたイベント会社、「清水舞台」について軽く触れておこう。本社は高田馬場にあり、この当時、関東圏でのイベント業務はほぼこの会社が主導権を握っていたと思われる。私が在籍したのは、正確には清水スポーツと呼ばれ…

日雇いの頃 15

私がAさんと出会ったのは、冷凍倉庫で日雇い仕事を始める前だ。当時、高田馬場に本社を持つ清水舞台という、いわゆるイベント会社で私はアルバイトを始めた。これもまた日雇い労働と一緒なのだが。時を同じくAさんも、カメラマンとしては中々食えず、やむな…

日雇いの頃 14

私に、キャンプ座間(神奈川座間市・在日米軍基地)の出入ナンバーを取ってくれたAさんだが、実はAさんの兄が十数年前からキャンプ座間のスキート射撃クラブハウスの常連であり、その関係で私に運が回ってきたようだ。 ところで、Aさんが二十歳の頃(私と出会っ…

日雇いの頃 13

「お前、銃の掃除を手伝え」と責任者のグレッグが声をかけてきた。キャンプ座間に通い始めて半年ほどたった頃だ。このクラブハウスは銃を扱う関係上、建物内の三分の一が鉄格子で仕切られ、その右奥に頑強なコンクリート製の銃・火薬く保管庫があり、左のス…

日雇いの頃 12

ついに散弾銃を撃てる時が来た。銃は上下二連、自動式と、どちらか選べる。両方撃ったが上下二連は鎖骨を痛める。自動式はスプリング内蔵で射撃時の衝撃を緩和してくれる。弾代は安かった。確か一箱5ドルで釣りがきた。責任者のグレッグさんから箱単位で購入…

日雇いの頃 11

クラブハウスに着くと、まず責任者のグレッグさんにご挨拶だ。放し飼いの犬、ザックが我々にまとわり付く。ブロンド色の毛並みが綺麗なゴールデンリトリバーだ。さて、今回の幸運を長く保つためAさんとは知恵を出し合った。その結果、クラブハウスの雑務係を…

日雇いの頃 10

毎日が地獄の冷凍コンテナ作業だったが、意外と私生活は充実していた。この頃私は休日をキャンプ座間で過ごしていた。昔、中学一年の頃から月刊GUN誌を貪り読むほど銃が好きだったが、それを知った先輩Aさんが、キャンプ座間に出入りするためのナンバーを基…

日雇いの頃 9

私自身の備忘録として、冷凍倉庫での日雇い時代を記してきたが、記憶を正確に思い出すのは時間がかかり今後は随時、記憶が間違いないと判断した事柄を記していこう。さて、前向きな私は、アルミ缶プレス器を設計中である。高等物理理論を応用し僅かな力で多…